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できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

1999年

コスモス1月号
妻を得て優しくなりし長の子がふと立ち寄りて芝を刈りゆく

発ち遅れ軒にまだ住む子燕を巣に閉ぢ込めて秋の雨降る

両膝に頭を寄せて孤独なり画面に黝く映る胎児は

いつ見ても「レンタル中」の札をつけ「失楽園」の箱が並べり(ビデオレンタルショップにて)


コスモス2月号 

横顔と前向きの顔重なりてピカソの絵より視線を返す

五、六頭かたまりとなる競走馬大スピードの平行移動

風渡る仙石原の芒の穂つらなりて靡く穂波のうねり

帰りゆく君の車を見送りて後は独りの夜へと沈む


こすもす3月号

「自分勝手を許される齢になつた筈」友はますます元気になりぬ

「野菜うりのおばさんみたい」と娘が言へりいつもリュックを背負ふ私に

みづからを探すごとくに詠み来たる友が第一歌集を出しぬ



こすもす4月

街の灯を濡るる路面に映しつつ二倍明るし雨の降る夜は

だんだんと杓子の手応へ重くなり鍋のきんとん仕上がり間近

「一度でも日本のkimonoを着てみたい」碧き眼の嫁おづおづと言ふ

「大丈夫?苦しくない?」と訊きながら子の妻アンに和服を着せる

初めての和服を着たる子の妻に内股歩きのこつを伝授す


コスモス5月号

君を待つ駅前広場次々とヘッドライトが通り過ぎ行く

近くより見よと言はれて向き合へり胃のレントゲンの不審なる凸

我の胃に生まれゐるとふ不審物ときにきりきり自己主張する



コスモス6月号

胃カメラの映す画面の真ん中に黄色く丸く居坐るは何

横臥せる我を無視して医師四人大きな声に所見言ひ合ふ

遠き日の入試発表思ひ出す生検結果を訊きに行く朝


コスモス7月号

空爆にひと役買ひしカナダ人が難民五千の受け入れを決む

逆光に薄きグレーの花びらをはつか震はせ桜咲き満つ    

明日はもう散るかもしれぬ桜花ほはりと白く闇に浮きたつ


コスモス8月号

「癌なんて地雷を踏むのと同じだよ」同級生の一人が逝きぬ

気が変はりとど見物の船に乗る海老を買はむと来し漁港にて

鋭角の薄き翼の戦闘機紙飛行機の如く旋回


………………………………・・   以上、第一歌集に抜粋済

コスモス9月号

子の妻の実家を訪ねて乗るフェリー五月の海に汽笛響かす

花を食べ葉を食べ鹿の太りゆく棘持つ薔薇の花は避けつつ

腰細き婦警の帯びるピストルのいかつく大きくずしり重いたげ

ピストルを腰に婦警の入り来て救急病棟に緊張走る


コスモス10月号

目を伏せて唇ややにとがらせる泣き出しさうな長谷の大仏

大仏のがらんどうなる体内に背中の窓より光差し入る

真鶴の海への傾浜木綿の緑濃き葉が繁りて続く


コスモス11月号

沈香を焚きしめてサッシの戸を閉める暫く留守にするマンションに

店先に甘き香りを漂はせジャスミンの鉢花屋にならぶ

「本当に来ちやつたわよ」と先づ笑ふカナダに着きたる同級生は


コスモス12月号

豆ご飯四回炊きて終りたり三月(みつき)育てしグリンピースは

倒産に非ずも会社の解散を言へば棘ある噂飛び交ふ

引退の間近な夫の土俵際自社の整理が最後の仕事


バンクーバー歌会

1999・01 題詠「窓」
青空がもつと明るく見えるやう息吹きかけてガラスを磨く

(1999/02) 題詠「障子」
こつそりと障子の穴から我を見る小学二年の彼の妹

(1999/03) 受け付けに「お名前様は?」と訊ねられ私の名前が縮み上がりぬ

(1999/04) 母まさば伝へむものを森に立つ二重の虹の鮮やかな色
(母は生前「夕空に今際やかに虹立つと遠き国よりファクシミリ来る」という歌を詠んだ)

(1999/05) 毒人参食みて痺るるソクラテスをいかに見てゐしやその「悪妻」は

(1999/06) 題詠「金」
「美知子さんの金婚式」と書き留めぬ日めくり暦の五月八日に

(1999/07) 題詠「口」
親鹿と仔鹿の口の高さにて桧もつつじも食まれて細る

(1999/08) 「一瞬ニ土手ナシ家ナシ人馬ナシ」砲撃のさま父が描写す
ワープロに入力しつつ読み進む父が遺しし戦陣日記

(1999/09) 題詠 「匂ひ」
炊飯の匂ひが辛くて気づきたり二人目の子をみごもれること
(1999/09) 題詠 「匂ひ」
「朝の町の匂ひは昔と変はらない」帰省せし子が息深く吸ふ

(1999/10) 障害のなき愛故に燃えぬなど友が贅沢三昧を言ふ

(1999/11) 題詠「秋」
渡り来る風さやさやと鳴るあした朝夏の名残りのミニローズ剪る

(1999/12)
「はいチーズ」カメラに向かひ笑ふうち心の底より笑ひこみ上ぐ


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